ゼファルリンを90日間使用した男の記録と末路

心が綺麗な人ほど煽り運転をする-ゼファルリン7日

2016-01-10

ゼファルリン7日目のペニス
ペニスの全長11.9㌢
亀頭の周長11.8㌢

今日調べるゼファルリンの成分は「L-バリン」
バリンは最近連続で出てきている必須アミノ酸とBCAAの一種だ。その働きは昨日調べたロイシンに似ていて、筋肉の修復、髪や肌を正常化する働きなどがある。それ以外にも肝硬変を改善させたり、体内の窒素量のバランスをとる作用がある。
体内に存在する窒素と、体外に排出される窒素のバランスが正常でないと筋肉は成長しないようで、窒素バランスが崩れてしまうと、バランスを保つために体内の筋肉組織を破壊して体外に窒素を放出する。バリンはこの状態を正常化し、筋肉の破壊を防ぐことができるのだ。

つまりペニス増大への直接的な作用はバリンにはないようだ。ロイシンと同じく、筋トレによって男性ホルモンを増加させる場合には必要な物質ということだろう。

心が綺麗な人ほど煽り運転をする

心が綺麗な人ほど煽り運転をする

車を運転するということは、常に自分の将来を脅かし、そして他人の将来も刈り取ってしまう危険が付きまとう行動なのだ。
だから人は常に、どんな時でも、全ての瞬間において安全運転をしていなければならない。それが人の命を守り、自分の身を守ることができる唯一の方法なのだ。
だから俺は常に安全運転を意識し、特に車間距離は渋滞などの場面以外では常にスピードに応じた一定の距離を空けるように心がけている。

だがしかし、ルームミラーを覗いてみると、安全運転の俺の車にやたら詰め寄って走っている車がちらほら見受けられる。
かなり不快だし、危険だし、イカレタ行為だ。

しかしふと気がついた。
そうやって車間距離を詰めて他車を煽る人間は、一人残らず頭の悪い人種なのだと決め付けていたが、実はそうではないのだ。
煽り運転をする彼らは全て等しく心が綺麗なのだ。

実は煽り運転は煽った側のメリットが極端に低い運転方法だ。
どういうことかというと、まず道路交通法の存在だ。煽り運転は車間距離不保持によって道交法の違反となる。普通車で一般道の場合1点の違反点数と6000円の罰金。高速道路であった場合は2点と9000円になる。
違反点数なんて気にしない人や金持ちにとってはたいしたデメリットでないかもしれないが、一般人にとってはなかなかの罰則だ。
さらにもし前の車に追突した場合、基本的には過失割合は10:0で追突した側の責任になる。たとえ前の車が煽って来た車をビビらせるために無意味な急ブレーキを踏んだ場合でも、車間距離を詰めていたことが悪とされる。
悪質な急ブレーキであっても、追突した側が悪質な急ブレーキであったことを証明しなければならないし、急に猫が飛び出して来たと言われればこの証言を覆すのはかなり難しい。
そもそも前の車が急ブレーキしても安全に停まれる車間距離を取っていないという道交法違反を犯している時点でアウトなのだ。
どうあがいても追突した側の過失割合が被害者より低くなることはありえない。

このようなデメリットがあるのだが、それで得られるメリットを考えてみると、ド田舎でもない限り煽り運転をしたり、無茶な追い越しをしたところで信号に捕まって追いつかれることがほとんどだ。つまり短縮できる時間はごくわずか。
このわずかの時間のお陰でトイレに間に合ったりするのかもしれないが。

さて、これが煽り運転の実態なのだが、煽り運転をする全ての人間に共通して言えるのが心が清らかだということだ。
人を疑うことを知らない、純真無垢な心の持ち主たちなのだ。
なぜならば、煽り運転とはすなわち、前の車がなんらかの拍子に急ブレーキを踏んだり、意図的に自分に危害を加えるような急ブレーキを踏んだりすることなんか絶対ないと信じきっているからこそできる運転方法だからだ。

彼等は人疑うことを知らないのだ。

一般のドライバーであれば先の説明でもあったように、前の車が動物や人の突然の飛び出しによって急ブレーキを踏む可能性を常に意識し、どんな時でも止まることができる状況を作っているのだが、彼等はそんなことすら考えず、ただただ前の車を信じて突き進むのだ。心が汚れている人だと、常に前の車が急ブレーキを踏むんじゃないか、急に事故るんじゃないかと疑う。

疑う相手は車だけでなく、歩道を歩いている歩行者や自転車にも向けられる。
突然車道に飛び出してくるんじゃないか、実は当たり屋なんじゃないか。特に近年は自転車の交通マナーが変化し、車道を走る自転車が多くなり、命知らずの自転車乗りたちは車側からすると迷惑な存在でしかない。ノールックで車線を横断された日には怒りと恐怖が同時に襲ってきて、最終的には殺意がわく。
毎日同じ道を運転していても、常に周りを疑い、そして自分の運転技術すらも疑う。
これが心が汚れている人の運転なのだ。

つまり煽り運転をする人物というのは、心が汚れている人が持つ相手や自分への疑いの感情を一切捨て、周りの全てをそして自分自身を信じることができる清き心の持ち主なのだ。
心の綺麗な人は荒い運転をし、心が汚い人は安全運転をする。これが世の中の交通事情なのである。

俺はもちろん安全運転な上に心が綺麗という異端者だが。